食物繊維と大腸がん
一昔前まで、食物繊維は食べカスとなって大便に出てしまうもので、栄養的にはほとんど価値のないものと考えられていました。ところが、最近の健康ブームのお陰で、食物繊維に対する考え方が根本から見直されるようになりました。新聞紙上にも、「食物繊維は無カロリーだから、ダイエットに好適である」とか、「成人病や大腸がんの予防効果がある」といろいろ話題になっています。もっともこれにはバーキット博士の唱えた仮説「食物繊維の少ない食事をとっていると、大腸がんの発生の危険度が高まる」の裏付けもあります。実際に、同博士らが1981年に世界4か国国民の食物繊維摂取量と大腸がん発生率との関係を調べたデータ(表1)によると、食物繊維を多くとる国民の方が大腸がん発生率が低いという結果になっています。
(表1)各国民の食物繊維摂取量と大腸がん発生率
国民 |
食物繊維摂取量 (グラム1人1日当たり) |
大腸がん発生率 (人数10万人当たり) |
スコットランド | 9 | 53 |
アメリカ | 12 | 42 |
日本 | 18 | 13 |
アフリカ | 36 | 4 |
ここで、食物繊維の効用が改めてクローズアップすることとなりました。食物繊維は、もともと日本人にはなじみの深いもので、菜食中心の古くから繊維質の食物は消化はあまりよくないが便通を整えることは周知の事実です。
食物繊維とは、「ヒトの消化酵素では消化されない食物成分」と定義されています。学問的には、セルロース、ヘミセルロース、リグニンのような植物性成分が大多数を占め、これにキチン、キトサン、コラーゲンのような動物性成分も一部含まれています。さらに、水への親和性によって生理作用に大きな違いがあるために、水性と不溶性の2つに分けられています。
代表的な分類を示しました。
植物性 | |||
不溶性食物繊維 |
高分子水溶性食物繊維 |
低分子水溶性食物繊維 |
主な含有食品 |
セルロース | 穀類・野菜 | ||
ヘミセルロース | ふすま・緑豆 | ||
リグニン | ココア・野菜 | ||
寒天 | 紅藻類 | ||
ペクチン | 果物・野菜 | ||
グアガム | グア豆 | ||
グルコマンナン | こんにゃく | ||
アルギン酸ナトリウム | 褐藻類 | ||
低分子化アルギン酸 | 褐藻類 | ||
低分子化グアガム | 飲料 | ||
難消化性デキストリン | パン | ||
ポリデキストロース | 飲料・菓子 | ||
動物性 | |||
不溶性食物繊維 |
高分子水溶性食物繊維 |
低分子水溶性食物繊維 |
主な含有食品 |
キチン | カニ・エビ | ||
コラーゲン | 果物・野菜 | ||
畜肉・フカヒレ | |||
コンドロイチン硫酸 | 魚肉 |
食品中の食物繊維含有量を知るためには、「四訂日本食品標準成分表(科技庁資源調査会編)」を見ればよいのです。ただし、ここで注意しなければならないのは、表中に示されている、炭水化物の中の繊維は「粗繊維」というものであって、食物繊維とは測定法が異なるため測定値も違っています。そこで、食物繊維の本当の値を知るためには、四訂版中に載っているフォローアップ成分表「日本食品食物繊維成分表」を見るとよいのです。さらに五訂版には新規に100種の食品が追加されて記載されており、表中には食物繊維が水溶性と不溶性とに分けて載っています。この中から、食物繊維を特に多く含む食品について見ると、(表3)に示すとおりです。
(表3)食物繊維を多く含む食品(可食部100グラム当たり)食品名 |
グラム |
食品名 |
グラム |
穀類 |
野菜類 |
||
小麦(玄穀) | 10.3 | かんぴょう(乾) | 30.1 |
小麦粉 | 2.8 | だいこん(切干) | 20.3 |
米(玄米) | 3.4 | ごぼう | 8.5 |
米(白米) | 0.8 | モロヘイヤ | 5.9 |
豆類 |
めきゃべつ | 5.2 | |
あずき | 17.8 | ほうれんそう | 3.5 |
だいず | 17.1 | とうもろこし | 3.4 |
えんどう | 17.4 | 大豆もやし | 3.4 |
海藻類 |
きのこ類 |
||
こんぶ(干) | 27.1 | しいたけ(干) | 42.5 |
ひじき(干) | 43.3 | しいたけ(生) | 4.1 |
わかめ(生) | 5.6 | えのきたけ | 3.2 |
果実類 |
まいたけ | 3.5 | |
ブルーベリー | 3.3 | まつたけ | 4.7 |
温州みかん | 1.99 | エリンギ | 4.3 |
(表3)からも分かるように、食物繊維がとれるのは主に植物性食品です。標準的な日本人の献立から計算した食物群別のおよその食物繊維摂取量は、穀類から20%、豆類から20%、野菜類(海藻・きのこを含む)から50%、果実類から10%となっています。厚生労働省では成人の目標摂取量を、大腸疾患の疫学調査に基づいて算定し、1日当たり20~25gとしています。幼児や学童、高齢者についてもエネルギー1,000Kcal当たり10gを目安にすれば適当とみなされています。
食物繊維の効用
食物繊維はその種類が多いために、その効用もいろいろありますが、ここでは食物繊維に共通する性質を中心に、その主な効用を述べてみたいと思います。
1.消化管性疾患への効用
まず野菜などセルロースを多く含む食品は、一般にもさもさして飲み込みづらいので、よくかまなければなりません。かむことによって唾液の分泌もよくなり、また脳を刺激することにもなります。つまり、虫歯の予防になるばかりでなく、子供や老人の心身両面の発達に役立ちます。また、成人でも肥満やそれに付随して起こる生活習慣病の予防にも役立ちます。
次に、胃や小腸では食物繊維の性質によって消化生理への影響が若干異なります。水溶性繊維は、一般に保水性が高く、高粘性の溶液となります。これは胃壁の保護作用があります。胃酸過多症の予防に役立ちます。
不溶性繊維は、大腸で便のかさや量を増加させ、腸のぜん動運動を高めて便の通過時間を短縮させます。その結果、排便を促進して便秘を解消してくれます。また、腸管内圧を減少させるため、憩室の形成を抑え、憩室炎の発生を予防します。排便がスムースに行われると、りきむ必要がなく、痔疾の予防や症状を改善します。便秘には、けいれん性(過敏性)便秘と弛緩性(習慣性)便秘の2つのタイプがありますが、前者のタイプには不溶性繊維よりも水溶性繊維の方が効果的とされています。
大腸がんの発生は、食生活との関連がとくに深いといわれています。大腸がんの発生に最も強く影響する食事因子は脂肪の摂取量です。脂肪を摂取しますと、肝臓におけるコレステロールから胆汁酸へと異化が進み、胆のうから十二指腸へ胆汁として分泌されます。胆汁酸は脂肪の消化や吸収に役立ちますが、その一部は腸管内で腸内細菌の作用を受けて二次胆汁酸に変わります。その中には発がん促進物質が含まれています。大腸がんの発生予防における食物繊維の役割については、いまだにはっきりと分かっていませんが、胆汁酸との結合作用や、発がん性物質の希釈や吸着による腸管内の排泄などが関与するものと考えられています。
2.腸内細菌に対する作用
既に述べましたように、食物繊維は小腸までの消化管内では分解されることなく大腸に到着します。人の大腸には大量の細菌が常在しており未消化の糖分やタンパク質を養分としています。その数は100種類、100兆個といわれています。ふん便の重量の約半分はこれら細菌の死がいだといわれています。よく善玉菌とか、悪玉菌とかいわれていますが、前者の代表にはビフィズス菌を、後者には大腸菌やウエルシュ菌が当てられています。これら悪玉菌の中には食中毒を起こす毒素を生産するものもいます。ビフィズス菌は、乳酸菌の一種で、糖分を発酵して乳酸と酢酸を生成し、炭酸ガスやメタンのようなガスを全く発生しません。これに対して、上記の悪玉菌は糖を分解して炭酸ガスを発生するほか、タンパク質を分解して臭いアンモニア、アミン、硫化水素、インドール、スカトール等の有害ガスを発生します。ビフィズス菌が繁殖すると、有機酸の生成のため、腸内のpHは酸性に傾き、その結果悪玉菌の生育を阻止します。
水溶性食物繊維のあるもの(ペクチンやコンニャクマンナン)は腸内細菌によって分解されて有機酸を生成します。有機酸は腸管内pHを酸性にするばかりでなく、腸のぜん動運動を促進しますので、便秘の解消に役立ちます。また、オリゴ糖と呼ばれる食物繊維はビフィズス菌の増殖を助け、その結果整腸効果をもたらします。