26.在宅血圧から24時間血圧へ。「生きながらのスパゲッティ化」はいやだ

一家に一台血圧計

多消費の典型として、血圧計-降圧剤のおはなし。
血圧が高いと降圧剤を出しますが、病院で計測すると確かに高いけれども自宅ではそうでもない。そういう方に降圧剤を出すのは間違いだ、こういうのは病院高血圧とか白衣高血圧といって真の高血圧とは違うのだ、という考え方がありました。だから「在宅で測定しよう」と、家庭で計れる血圧計を提唱した先生がいました。

この提唱は、「降圧剤を服用しなくてはいけない人を減らす」、つまり「服用しなくてもよい人が降圧剤をのまされすぎてる」という全く正しい善意から出発したものでしたが、そこは抜け目ない業界、残ったのは一家に一台、いや一人に一台という「血圧計の大量生産、大量販売」と、降圧剤の適応を減らすどころか、「私も高い私も高い」と皆が高血圧患者になってしまったという皮肉な結果でした。

そういえば、私も人並みに運動しようと運動クラブに属していますが、そこでは入口に電動血圧計が置いてあって、測定した数字を自分のカ-ドに書き入れないと運動を始めてはいけないのです。
「私はわかってますから」と言っても「規則ですから」とインストラクタ-は、血圧測定を拒否するなんてバカみたいな野蛮人、といった目つきです。まるで私は戦争中の「非国民」のようです。

いつの間にか日本は、老若男女や階層を問わず一億総血圧病になってしまいました。実に実にバカげたことです。
いくえにも錯覚が重なっていて解きほぐすのは大変です。官民一体となって走り出した「血圧で健康度がわかる」という大錯覚は、火の玉一丸のような国民性の日本では、いともたやすく全国民を「血圧病」にすることができました。

くりかえしますが、「健康」はよく売れてる健康雑誌やテレビをみてもわかるように、「金儲け」になるトピックです。その時「予防医学」を提唱してきた真面目な医師達がみんな、その金儲け産業の走狗になってしまったのです。

「予防」は、医学的には感染症(伝染病、例えばコレラ、近くは結核)に限られるべきです。これらの病気が先進国で陰をひそめた現在、いわゆる慢性疾患に「予防」を当てはめてしまった医師達の錯覚と健康の産業化。「成人病」という、よく考えると何だかわからない病を想定し、その予防を想定する。
これらが作り出した最大の病気は「予防病」という病気ではないでしょうか。一度走り出してしまうと予防病は、病院血圧でも在宅血圧でも満足せず、「24時間血圧」へと走り出します。

24時間血圧

血圧がなにか健康状態を表現しており、特にその人の生命予後を決定す重要な数字であると、徹底的に教育した製薬メ-カ-と研究者たち。教育された医師とみなさん。こんな特異な国は日本だけです。降圧剤をこんなに多くの医者が安直に投与し、多くの人が喜々として服用しているのも日本だけです。

前にお話したように、血圧は日本の国民病となりましたが、予想通り、心配していた通り、24時間血圧計が登場しました。
私は、ほんとに治療したり経過を見ていなければいけない高血圧は現在の高血圧患者(降圧剤服用患者)の100人に1人もいないくらいだと思いますが、何しろ国民の血圧の平均が10下がると国民の平均寿命はこれだけ伸びるといった、どう考えても目茶苦茶な出鱈目なことを発表する研究者が居て、それをそのまま新聞に書く大新聞の大バカ科学記者が居る日本のことですから、24時間血圧計を国民全部につけて看視することこそ医者の責任だと誰もが思ってしまいます。

死ぬときのスパゲッティ症候群はもうやめてくれ、ゆっくり死なせてくれという世論はようやく市民権を獲得しつつありますが、24時間血圧計的発想は、生きてるうちから皆さんをスパゲッティ症候群にすることです。国民のブロイラ-化。「私の身長と体重と知能指数と血圧はこれこれです」と書いたゼッケンを貼りつけて、生きている、生かされている私たちの姿です。何でこんなことにならなければならないの?医者や医療はおせっかいし過ぎじゃないの?

ところで24時間血圧測定をやってきた患者さんがいます。その方は私の所で測定するとだいたい160/90くらい(最高血圧160、最低血圧90)の方です。高血圧ともいいにくいけれど、まあ現在では降圧剤を出す先生の方が多いといったところの血圧です。
24時間血圧計は、1時間に3回つまり20分おきにあの腕にまいた帯が自動的に締まり、血圧を測定して自動的に記録します。つまり24時間で72回測定するわけです。

で、この患者さんの最高血圧は、170~80でした。最高血圧が170で最低血圧が80ではありません。最高血圧が1日のうちで170のときもあったし、80しかないときもあったということです。恐らく昼間活動的なとき、或いは何かストレスで緊張したとき最高血圧170、最低血圧100くらいだったでしょうし、夜ぐっすり眠って夢にもうなされていない安静時に最高血圧80、最低血圧60くらいだったのでしょう。

人は誰でも一日周期或いは一年周期といった生理的変動、生理的リズムのもとに生きているのです。その24時間の一ときだけをとりあげて降圧剤を出す、しかも朝一錠服用すれば24時間しっかり効く降圧剤というのが最近のキャッチフレ-ズです。最高血圧が80のときに降圧剤が効かなければよいが、とは素人でも思うでしょう。

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そんなに効くなら「血圧安定剤」に

前に述べたように、一日24時間の血圧の変化は、人にもよりますが、相当の幅で自然変動をしているようです。そうだとすれば今までのように、病院で、家庭で、一日に一回測定した血圧をもとに、統計を出したり、降圧剤の効果を推測したりしたこと自体がども当てにならなくなる。
24時間血圧計の登場は、皆さんの血圧の知識をかなり根本的にかえ、降圧剤への安易な信仰にかなり冷水を浴びせるはずだが、実際はそうはならないでしょう。

何故か。それは「在宅血圧計」の普及が皆さんの本来の血圧を示し、不要な降圧剤の投与を減少させる筈だったのにそうはならず、かえって、一家に一台、血圧計の大量販売と国民総血圧不安病から降圧剤の益々の大量消費につながった現実があったのと同じく、こんどもそれを繰り返すのは必定と思えるからです。

絶対に売り上げを減らすわけにはいかない製薬メ-カ-は、こんどは研究者に、こう言わせるでしょう。一日のうちの血圧の日内変動がどんなに大きな幅でおこっても、この薬を朝一錠服用しておけば、高い血圧は下がるし、低い時は上げる作用が働いて、ちょうどほどほどの幅で変動するようになる。現にこういうデ-タがある、とグラフを示すでしょう。

こういう都合のよい薬は、あるとして、身体の自然な復原性・恒常性(病気の場合は自然治癒力)に大幅に依存している考え方で、どちらかというと漢方薬のような複合処方が何故効くかという時に使われる説明です。身体はその時々に必要な薬効を受けとり、不要なものは受けとらないという身体の自然性に対する熱い信頼です。

もし、降圧剤がそんな働きまでするのなら降圧剤でもない昇圧剤でもない、また、その両方でもある別の名前をつけてほしい、血圧安定剤。
そして、それまで身体の自然復原力に対する信頼があるのなら、何もいじらなくて身体の24時間自然変動のままに任せたら、と思います。

医療を供給する側も、消費する皆さんの側も、そろそろタ-ニングポイントに近づいているのを感じているのではないか。豊かに手に入る物量をどんどん投資しきれいな設備の病院をつくり、あらゆる予防薬を雨アラレの如く身体の中に放り込むことが、私たちの豊かさなのか?
これ以上、この路線を更に続けるとすれば、「24時間血圧計」に象徴される24時間予防体制、国民総背番号制下における24時間各個人の血圧、コレステロ-ル、血糖値、心拍数などのモニタ-システム、大型コンピュ-タによる国民の「生きながらのスパゲッティ化」しかないです。

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