2.漢方薬って万能なの?「あいまいな、いろいろの印象・先入観はすべて捨ててください」

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「虚ならずんば外邪入らず」

「漢方薬」というとなにを想像されますか。
過去の遺物、医学の化石だよ、という方、
強精剤や不老長寿を夢見る方、
万能に効くという広告に首をかしげる方、
副作用がないからとにかくよい、という方。
漢方ブーム、はりブームを思い起こされる方。
漢方にともなう、こういったあいまいな、いろいろの印象、先入観はすべて捨ててください。

これは、当院開業時につくったパンフレットの一節です。
ここ10年で漢方に対する印象はずいぶんかわったとはいえ、漢方医学が、中国古代に成立したこと、「易」や「道教」などと関係が深く、「陰陽五行説」で漢方医学が説明されることが多いので、現代科学的な私たちの常識から見て、ここに書いてあるようなある種の迷信くささ、神秘的なにおいがついてまわるのも無理からぬことです。漢方など全く信用しない患者さんもいるし、医療従事者の中に少なからず絶対反対派もいます。

けれども、漢方医学のような全身医学(液体病理学説ともいいます)は、中国のみならず、ヨーロッパでも、しかもルネッサンス以降も連綿と続いてきたのであり、現代医学(細胞病理学説)が中心になってからは高々100年余りしかたっていないのです。江戸時代に長崎出島を伝わって入ってきた蘭学 も、初めは、決して現代医学ではなく、漢方医学と同じ土俵にある医学でした。

さて、万能かと聞かれれば、何か奇跡を求めるという意味からは、決して万能なんてありえません。
漢方医学の大原則のひとつに、「虚ならずんば外邪入らず」というのがあります。身体に弱点、虚(きょ)なるウィークポイントがなければ、どんな伝染病(外邪)が流行してもその人は発病しない、という意味です。
なるほど風邪が流行しても睡眠を多くとり気合いの入っている間は平気です。でも過労がつづき、その後、仕事に区切りがついてホッとしたりすると一挙に発熱してダウンしてしまうことは、皆さんも経験がおありのことと思います。漢方薬は、外邪を直接タタクという意味での抗菌作用では、現代医学に劣りますが、虚なる身体を補って充実した身体にする作用は、圧倒的に優れています。

この点は、病気が癌であろうと何であろうと同じで、末期癌の患者さんも漢方薬の副作用によって、一時的であっても正気がもどってくることは、よく経験します。
こういう限定された意味で、漢方薬は何にでも効く、即ち万能だというのなら、あながちデタラメというわけでもありません。

作家、開高健の自伝的小説「破れた繭」にこんな一説があります。

「漢方薬の倉庫で働いたこともある。これは家からちょっと離れた、桑津の、貧しい町の運河のそばにある、ただの、がらんとした木造の倉庫であった。・・・この倉庫では、二人か三人の老人がコンリートの床にゴザを敷き、木の根株を台にして、鉈で一日中コツコツと草根木皮をきざんでいた。
・・・老人たちはここできざんだ怪力乱神をリヤカーでちょっと離れた長屋に運ぶのだが、これは連割長屋であって、二十人ほどのおばはんが、低い、細い、長い台をはさんでさしむかいにすわりこみ、錆びの出た計量器に乱神をひとつまみずつ指でつまんでのせては紙袋につめている・・・」

ここでは、漢方薬をその怪しげな雰囲気や効能を含めて、作家らしく「怪力乱神」と表現しています。漢方薬にはどうしても、こういった表現が似合う雰囲気、「古色蒼然とした薬店と、骨董品の百味ダンス、髭の先生が脈をみただけで御宣託を下す」怪力乱神のムードがついてまわります。

ここ10年の医学界の動きは、もう少し漢方薬を平静に評価し、ダメなものはダメ、使えるものは偏見を捨てて使っていこう、というものであったと思います。大きなキッカケとなったのは、漢方薬エキス剤が保険扱いされるようになったことで、この10年で漢方薬の保険扱いの消費量は、全医薬品の2~3%を占めるまでに急成長しました。(ゼロからの出発ですから、これでも大発展なのです)これは私はまだ1ケタ足りない、せめて、全体の20~30%になれば、日本の医療はずいぶんよくなる、と思っておりますが、それはともかく、「子、怪力乱神を語らず」(「論語」述而篇)の孔子のひそみにならい、医療従事者はホラを吹かず、消費者である患者さんは、何が何でも万能と漢方を信仰の対象にしてしまうのでなく、漢方薬を冷静に上手に利用していきたいものです。

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