敗血症と亜鉛のはたらき
米国オハイオ州立大学(Ohio State University)の薬学と内科の教授、Daren Knoell博士のグループは、「亜鉛が、ダメージや致命的である制御不能な炎症を防ぎ、免疫反応のバランスを調整し、感染症をコントロールするのに不可欠である」と発表しました。
この研究では、亜鉛の働きが敗血症の状態(集中治療室にいる患者の死亡の主要な原因の一つである感染症における壊滅的な全身性反応)においてどのように働くか調査されました。
Daren Knoell博士は下記のように説明しています。
「これらの知見は、敗血症だけではなく他の病気の重要な分野に適用可能であると信じています」
「亜鉛不足の状態で発症したら、感染症に対して脆弱性が高まるかもしれません。しかし、私たちの研究は、感染症にかかったら何が起こるかに焦点を当てています。亜鉛不足ならば、防御システムが増幅され不安定になるのです」「健康に有益なのは明白です。タンパク質の作用を止め、最終的に過剰な炎症を防ぐため『亜鉛』は効果があるのです」
「炎症に対して亜鉛の欠乏を結びつけるこの研究は、ICU(集中治療室)の重篤な患者を助けられるようになるかもしれませんが、そこまで飛躍するにはまだ早すぎます」
「敗血症でICUに入っている全ての人が、亜鉛を必要としているわけではありません」
「亜鉛は、食事から摂取している重要な要素です。しかし、亜鉛を与えれば、全てのことを治すことが出来るとは思いません。通常、もし亜鉛が欠乏しているなら、他の栄養素も不足していると考えられます」
米国の高齢者(最後をICUで迎えるような可能性の高いような人々も含めて)の40%が亜鉛不足であると推定されています。世界的に見ると約20億人に影響を及ぼしています。
Knoell博士の研究室では、以前より、敗血症において、普通食のマウスに比べて亜鉛欠乏のマウスは重篤な炎症を発症させたのが分かっていました。亜鉛の補充は亜鉛欠乏のマウスに症状の進行を改善させました。
「感染症と闘うことにおいて亜鉛の薬効は、分子レベルでは十分に分かってはいません。これは、亜鉛が身体の中で多くの複雑な作用をもたらしていて、生命活動を維持するために数多くのタンパク質と相互に作用しているからです。亜鉛は私達の身体の中に含まれていますが、その内たった10%が、すぐに炎症と闘うために利用できるだけです」とKnoell博士。
博士は友人に次のようなEmailを送っています。・・・「健康への恩恵は明白です。タンパク質の作用を止め、最終的に過剰な炎症を防ぐため『亜鉛』は有益です」・・・
病原体が確認されると、休眠状態から一連の分子が持って生まれた免疫反応を活性化させる過程を起こします。この過程の主部分は、炎症に対し免疫反応において重要な役割を果たしていることで知られている高活性タンパク質に由来する、NF-kB(エヌエフ・カッパー・ビー、核内因子κB。転写因子として働くタンパク質複合体)経路に作用し、ひとたびNF-kBが活性化して細胞の核に入ると、遺伝子はZIP8と呼ばれる亜鉛輸送体を生産し始めます。その時、輸送体は細胞壁に急速に結集し、次に、亜鉛を血流から細胞の中に運ぶのです。
細胞侵入後、亜鉛は、NF-kB経路において異なったタンパク質に結合し、工程編成内でのいかなる活動をも停止します。このフィードバックループの蓄積効果は身体や細胞にダメージを与える過度の炎症を防ぎます。
「免疫システムは、とても正確で厳格なバランスの基に働いています。そしてこれは、過ぎたるは及ばざるがごとしの典型的な例です」とKnoell博士は言っています。
「私達はしっかりとした炎症反応を望んでいます。それが、不調や微生物に対して私達を守ってくれるための私たち自身の自然なプログラミングの一部だからです。しかし、もし抑制が効かなかったら、病原菌を打ちのめすだけでなく多くの障害を引き起こしていまいます」
ZIP8(亜鉛輸送体)とIKKB
研究者達は以前から、もしZIP8(亜鉛輸送体)の活性化が妨げられていたら、亜鉛は細胞内に進入することが出来ず、細胞は死んでしまうという研究を発表していました。今回の研究では、ひとたび細胞内に入った後、亜鉛の有望な標的と確認されたタンパク質との相互作用の計算モデルを研究しました。特異的結合はIKKBと呼ばれるタンパク質部位にあります。研究者達は、亜鉛欠乏のマウスにおいて、このタンパク質を抑制せずに機能させてみました。すると、マウスは敗血症に反応して重度の炎症を発症したのです。IKKBは炎症経路を阻害するための亜鉛の標的なのです。
「細胞内には確かに他の亜鉛の標的はありますが、亜鉛は特定の部位でこのタンパク質と相互作用して経路を遮断することをZIP8によってもたらされている証拠を発見しました」とKnoell博士。
(米国では)成人には1日に8–11mgの亜鉛の摂取を勧められています。米国立衛生研究所によると、赤身の肉や鳥肉がアメリカ人の食生活における主な亜鉛の供給源です。他には、豆、ナッツ、いくつかの貝類、全粒粉、栄養分を強化されたシリアル、乳製品が亜鉛を含んでいます。栄養は、サプリメントでも摂取可能です。Knoell博士は、「有毒なレベルに達するのに十分な亜鉛を摂取することは可能ですが、比較的まれなことです」と指摘しています。
彼のチームは、NF-kB経路、他の病気の過程における炎症と亜鉛欠乏に関して研究を続けています。Knoell博士は「亜鉛は、安価で簡単にサプリメントとして摂取することができますが、亜鉛を特殊な疾患の治療に使用すべきかどうかに関しては、多くの問題点が残されています」とも示唆しています。(訳:tori3tori3)
(Ohio State University 07 February 2013)
日本での事例—約3割の人が亜鉛不足
厚生労働省は、2013年2月28日に2010年の都道府県別・平均寿命を発表しました。男性(80.88歳)女(87.18歳)ともに長野県が1位で、男性は、1990年から5回連続トップです。厚労省は「生活習慣病や介護予防に積極的に取り組んだ結果だ」と述べています。
長野県において、2003年北御牧村(1,431人)、2005年東御市(1,773人)、2005年長野県下七国保診療所(851人)を対象に血清亜鉛濃度調査が行われました。結果、約3割の人が亜鉛不足若しくは欠乏症ということが分かりました。これは、多くの医療関係者や国民が考えているよりも、遥かに多いものです。
亜鉛は私達の身体の約300余りの種類の酵素を活性化する必須微量元素のひとつです。亜鉛酵素には、酸化ストレスを減少させる役割を持つスーパーオキシドジスムターゼ (Superoxide dismutase:SOD)・血圧の制御を行うアンジオテンシン変換酵素(Angiotensin converting enzyme)・コラーゲンの合成に関係があるコラゲナーゼ(Collagenase)などがあり、細胞分裂や核酸代謝に関与し、ホルモンの補因子として作用します。
亜鉛の1日に推奨されている摂取量は大人の男性(11–12mg)/女性(9mg)です。しかし、実際は10人に3人が摂取不足であるという状況になっています。近年、特に亜鉛が、生活習慣病や老化に関係が深いことが明らかになってきました。
要注意なのが、亜鉛含有健康食品や保健薬など多くの発売によって、「沢山飲めば飲むほど効くだろう」との思い込過剰摂取から中毒を発生させてしまうことです。
亜鉛欠乏症の原因
- 摂取不足(栄養の偏り・低含有食品—土地が枯れて食物から思っているほど摂取できない—・静脈栄養・経腸栄養)
- 食品の精製(精製過程で消失)
- 食品の流通機構の不良(低含有地の食物に依存)
- 過剰喪失(アルコール多飲・肝臓障害・腎障害・糖尿病)
- 需要増加(妊娠・新生児)
- 吸収障害(先天性:腸性肢端皮膚炎[極めてまれ]・後天性:食物繊維・ポリリン酸Na[食品添加物]・フィチン酸[食物繊維に含まれている]・銅・鉄・カルシウム・薬剤[高脂血症、抗鬱剤など]・キレート剤[EDTA、D-ペニシラミン])
亜鉛欠乏の症状
- 食欲低下
- 発育障害
- 皮膚症状 開口部(口・眼・肛門など)周囲から四肢へ拡大
- 脱毛、禿頭
- 性腺機能障害
- 創傷治療遅延
- 易感染症(免疫能低下)
水疱性・膿疱性皮膚炎、びらん性湿疹、角化症、皮膚の萎縮、槽辱
亜鉛欠乏の疾患
- 味覚低下(高齢者-味が分からなくなる)、嗅覚低下
- 異食症
- うつ状態・情緒不安定
- 運動失調
- 認知症
- 耐糖能低下
- 白内障増加
- 暗順応不全(夜盲症)
- 虚血性心疾患増加
- 発癌増加
- 妊娠異常
亜鉛と生活習慣病関連疾患
- 癌
- 認知症
- 高血圧
- 免疫不全
- 味覚低下
- 行動異常
亜鉛欠乏症と老化の臨床的類似点
- 体力、活力の低下
- 食欲低下、味覚異常
- うつ状態
- 創傷治癒の遅れ
- 認知症
- 耐糖能低下
- 白内障
- 皮膚の萎縮と脱毛
- 虚血性心疾患
- 癌
- 性腺機能低下
- 自己免疫性疾患
- 免疫能低下と易感染症
おいしく亜鉛を取りましょう
牡蛎は、亜鉛を3オンス(1オンスは28.3495g)=約85gで77.5mg含んでいるので、多少大きさの差はありますがスーパーマーケットで売っている1パックを2人で食べるとちょうど良い量ではないでしょうか。
老化と亜鉛欠乏症の病態は非常に似ていて、フリーラジカル(ペアになっていない電子を抱え、非常に反応しやすく不安定な状態の原子や分子:代表格は活性酸素)・血圧が上がり、脂質異常・癌が起こりやすくなる反面、免疫や糖代謝の能力は下がります。又、病気になった時は、重症化してしまうという結果がでました。
年齢と共に現れてくる身体の諸症状に亜鉛不足が加わると、相乗効果で悪化してきたり、他の症状が出てきます。反対に、加齢もど~んとあるとき来るのではなく、毎日少しずつ変化が起きている状態です。あなどるなかれ、日々の小さな積み重ね。元気の素「亜鉛」を日々の食卓にお忘れなく!
一般社団法人日本臨床栄養協会・日本サプリメントアドバイザー認定機構
東京慈恵会医科大学環境保健医学講座 柳澤裕之教授