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イズシ(いずし、飯寿司)とは何か

「イズシ(いずし、飯寿司)って何か知ってますか?」と尋ねると、知らない人は「はてと、スシのたぐいですか?」と聞き返します。ズバリ、イズシとスシは親戚なんですが、見た目も味も大分違います。
イズシは、「飯寿司」とも書き、もともとはナレズシ(熟れズシ)と言われる食品の部類に入ります。このナレズシという言葉もわれわれには余りなじみがありませんが、いうなれば魚介類を塩と米飯で漬けた漬物のことです。

ナレズシ(なれずし)の由来

ナレズシの日本における食物史をたどると、意外に古く、養老2年(718年)に制定された「養老律令」の中に、雑税納物としてアワビやイガイのナレズシがあげられており、また927年に完成した「延喜式」と言う宮中における儀式や制度を記載した律令中にも、フナ、アユ、サケなどの鮨が出てきます。そのほか、奈良時代の宮廷跡から出土する木簡にも鮨の文字が記されています。

このように、ナレズシは日本古来から各地で作られ食べられていたことが分かります。しかし、ナレズシのルーツをさらにたどると、日本へいつ頃どのようにして伝播したかは余りよく分かっていません。
イズシは米飯を用いることから、イネの起源と関係があるのではないかと言われています。イネの起源地と言われる中国雲南からインドアッサムの山岳地帯のどこかで発生し、そこから各地へ伝播したと言うものです。雲南から揚子江上流を経て東方へ広まった稲作は、中国へのナレズシの分布をもたらし、さらに弥生時代初期における日本への稲作伝播が、同時にナレズシをも伝えたのではないかと言われています。

ナレズシ(なれずし)の変遷

日本古代のナレズシが今日でも伝えられて作られている例としては、近江のフナズシがあります。琵琶湖周辺の住民の間では、今日でも古代のナレズシの製法を受け継いで,食べる習慣があります。フナズシの作り方は、まず卵を残して内臓を取り除いたフナを塩漬けにし、次に塩抜きしたフナと米飯を樽に交互に敷き詰め、最後に内蓋をしてから重石をのせます。一両日してから張り塩水をして空気を遮断して漬け込みます。通常半年ないし1年で仕上がります。フナズシを食べるときには、米飯をこすり落として、切り身にして食べますが、乳酸醗酵によって酸味があり、しかもブルーチーズに似た独特の匂いがあります。スローフードの代表といえましょう。

ナレズシは少しずつ変化しながら発展し、室町時代になると、ナマナレズシと言って、魚も米飯もまだ完全に醗酵しない状態で食用にするものが表れ、しかもナレズシと異なり魚も米飯も一緒に食用にするようになりました。こうして、米飯を主体にした飯(イイ)ズシも表れ、乳酸醗酵を促進させる工夫がなされて、漬ける期間も大いに短縮されました。イズシはイイズシからきています。

さらに、江戸時代になると、乳酸醗酵を行わずに単に飯に酢を加えて味付けをする早ズシが出現します。早ズシは、難波では箱型の枠の中に魚や野菜や酢飯を入れて重しをかけた押しズシへ、あるいは江戸前のにぎりズシへと発展します。こうなってしまうと、早ズシはナレズシとは似ても似つかぬ食品ですが、現代人にとっては嗜好に適したファストフードと言えましょう。

イズシ(いずし、飯寿司)といえば、秋田地方のハタハタのイズシは有名です。近江のフナズシと異なる点は魚を米飯と漬ける際に麹や野菜を使うことと、食べる際に米飯をも一緒に摂ることです。麹を用いることによって米飯の糖化が進み、乳酸菌の発育が促進されて乳酸醗酵が早まります。このようなイズシの作り方は、東北地方の日本海側から北海道全体にみられます。北海道では、季節的に獲れる旬の魚、ニシン、サケ、ホッケなどでも作られるようになりました。

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■ボツリヌス食中毒■

ボツリヌス食中毒とはどのような病気でしょうか?なぜイズシ(いずし、飯寿司)で発生しやすいのでしょうか?どうしたら防ぐことが出来るのでしょうか?これらの問題点について、以下Q&Aの形で説明します。

Q:ボツリヌス食中毒とは?

A:ボツリヌス食中毒とは、ボツリヌス菌という細菌が食品中で繁殖した結果、その生成する毒素を食品とともに摂取することによって起こる食中毒のことで、感染症ではない。ボツリヌス菌にはその産生する毒素の性質によって、A-G型の7種があるが、ヒトの中毒を起こすのはA.B.E.F.の4型が主である。日本では、これまでに辛子レンコンによるボツリヌスA型、輸入キャビアによるボツリヌスB型、イズシによるボツリヌスE型等の食中毒が発生している。これらのうち、なんといっても発生件数が多いのはE型中毒である。しかもそのほとんどが自家製のイズシによるものである。

Q:ボツリヌスE型中毒の症状は?

A:潜伏期は、早いもので5-6時間、遅い場合は2-3日のことがある。一般に8から36時間である。初期症状は悪心、嘔吐、下痢などの胃腸症状であり、次第にボツリヌス毒素による特有の神経麻痺症状が表れてくる。その多くは目まい、頭痛などを伴う全身の違和感であり、次いで特有の眼症状が表れる。視力の低下や、近くのものがチラチラして識別できなくなる。
これと前後して、咽喉部の麻痺症状が現れ、しわがれ声となり、またのどが渇いて水を欲しがるが、うまく水を飲み込むことができずにむせてしまう。さらに腹部の膨満や尿閉が起こり、著しい脱力感とともに、四肢の麻痺を訴える。そして呼吸困難を来たして死にいたる。発熱は無く、意識も最後まで正常である。

Q:治療法は?

A:イズシ(いずし、飯寿司)を食べて体の異常を感じたり、上記症状が出た場合は、一刻も早く医師にかかり適切な治療を受けなければならない。その治療法としては、唯一の特異療法として抗毒素血清の投与がある。E型中毒では、特にその有効性が認められている。

Q:なぜイズシはボツリヌスE型中毒とかかわりが深いか?

A:昭和26年5月、北海道岩内郡島野村で発生したイズシによる食中毒で、14人が発病し、4人が死亡した事件は、北海道立衛生研究所初代所長の故中村豊先生らによって、わが国最初のボツリヌスE型中毒であることが判明した。
それ以来、北海道をはじめ、青森、秋田、岩手、福島、滋賀などの各県でもイズシによるボツリヌスE型中毒が報告されるようになった。しかも、そのほとんどが自家製のイズシによる中毒である。どうやら、ボツリヌスE型食中毒発生は北日本一帯のイズシ食文化圏と深い関係があるようである。

それでは、なぜイズシ(いずし、飯寿司)がボツリヌスE型食中毒発生の原因食品になりやすいのかを考えてみよう。原因食品として断定されたイズシには、例外なくE型毒素が検出されている。この事実は、イズシの原料となった食材がボツリヌスE型菌によって汚染されていたからにほかならない。汚染は、魚、水、容器などに及ぶ。この菌は芽胞という細胞の形態で、海岸の砂や河川の泥土の中に広く分布している。そのため、魚が汚染される確率は非常に高い。水は水道水であれば問題ないが、河川水は危険である。樽などの容器はそのつど熱湯で消毒したほうが良い。

しかしながら、魚がボツリヌス菌芽胞で汚染されることは避けられないのである。たとえ汚染されたとしても、イズシ(いずし、飯寿司)の製造中に芽胞が発芽して発育・増殖する事無く、じっと生命活動を静止したままの状態であれば問題は無いのである。芽胞を食品と一緒に飲み込んだとしても、乳児の場合は別として、成人では腸を素通りして排泄されるので問題は無い。

Q:イズシ(いずし、飯寿司)の作り方とその問題点は?

A:一般の家庭でのイズシの作り方は、魚の水晒し→漬け込み→熟成→器出し(水切り)の過程で行われる。まず魚の内臓を取り出した後、水晒しをして生臭みを消す。魚の内臓にはボツリヌス菌の芽胞が存在することが多いので、魚を調理する際には、魚肉が腸内容物で汚染されないよう十分注意して行うこと。水晒しに用いる水は水道水に限り、河川水は絶対に使用しないこと。水晒しで重要なことは温度管理である。ボツリヌスE型菌は低温(3.3℃)でも発育することが分かっているので、氷などを入れて氷温を保つようにする。水は頻繁に取り替え、または流し放しにする。水晒し期間はなるべく短く、せいぜい1両日とする。冷凍魚または塩蔵魚を水晒しすることもできるが、温度管理と塩抜き加減が重要なポイントとなる。

次に、水晒しした魚体を漬け込む。魚は水切りをしておく。米飯はその日に炊いて常温以下に冷ましておき、これに適量の麹をほぐして混ぜ合わせておく。まず容器(平樽)の底に洗った笹の葉を敷き、その上に米飯を敷き、その上にさらに細切りした野菜(人参、大根、生姜、唐辛子など)をパラパラとかけ、手で圧迫して平らにする。その上に魚を一枚ずつ重ならないように並べる。その上に魚が見えなくなるように米飯を敷き詰め、野菜、魚、米飯と交互に敷き詰めていく。最上層は米飯となるようにして内蓋をする。漬け込みのコツは、なるべく漬床に空気の泡を残さないようにすること。

最後に、内蓋の上に重石を置いて清潔で室温が0℃近い場所に保管する。時々見て、漬け汁を観察する。汁が透明であれば良いが、濁ってしかもガスが発生している場合は要注意である。温度が上昇してボツリヌスE型菌が繁殖した可能性がある。躊躇無く捨てたほうが良い。
順調に熟成すれば、約40日で完成する。器出しを行うため、容器を逆さまにして水切りをして一晩置く。器出ししたイズシは小分けして低温に保存する。

Q:ボツリヌスE型菌はイズシ(いずし、飯寿司)の漬け込み中にどのようにして繁殖するか?

A:イズシは漬物の一種であるから、乳酸菌による乳酸醗酵によって成熟する。乳酸醗酵と言えば、ヨーグルトがある。牛乳に乳酸菌を植えつけて極めて短時間に製造する。イズシの場合は、乳酸菌を加えることは無く、野菜の漬物のように自然発酵によって長時間の熟成を待つのである。実は、ここにボツリヌスE型菌が繁殖する余地がある。ボツリヌス菌は空気中の酸素を嫌う嫌気性細菌であるから、イズシのような空気を遮断した環境は絶好の住処となる。

ただし、酸性度が低い(pH4.5以下)場合は、芽胞の発芽も発育もできないのである。イズシ中で乳酸菌がどんどん繁殖して乳酸を生成すると、pHは4.0位まで下がり、その結果ボツリヌス菌は繁殖することができなくなる。しかし、乳酸菌の繁殖が悪くてpHがあまり下がらないときは、ボツリヌス菌が優先的に繁殖することになる。そこで、乳酸菌の生育に必要な糖分を補うために麹を添加したり、魚体に酢をふりかけてpHの低下を促すことは有効である。乳酸菌そのものを添加することもできるが、イズシの醗酵に適した菌株が分かっておらず、またボツリヌスE型菌芽胞の数が乳酸菌の数を上回る汚染があった場合は効果が期待できない。

Q:安全なイズシ(いずし、飯寿司)とは?

A:ボツリヌス毒素は比較的熱に弱く、通常100℃で数分の加熱で無毒化する。しかしながら、イズシは製造工程から摂食まで一切加熱は行われていない。そこに安全上の問題点がある。それでは、「本テキストに記載されていることを十分守って作れば、100%安全なイズシができますか?」と聞かれても、残念ながらそれには「ノー」と答えざるを得ない。ある著名な細菌学者の言を借りれば、思わぬ落とし穴があって、青天の霹靂のようにわれわれに襲い掛かってくるのがボツリヌス菌なのである。イズシを作った後、食べる直前に変な臭いがしたときは、迷わず捨てたほうが良い。イズシの熟成中に乳酸醗酵が順調に行われていれば、乳酸と酢酸が生成し、ツンと鼻に来る酢の匂いが主である。ところが、ボツリヌスE型菌が繁殖すると、必ず酪酸が生成して、その特有の臭い、腐ったチーズの臭いがする。

最後に、自家製のイズシ(いずし、飯寿司)作りのマナーをあげます。

  1. イズシ(いずし、飯寿司)作りは経験豊かな人に任せましょう。
  2. イズシ(いずし、飯寿司)作りは寒い季節に行いましょう。
  3. イズシ(いずし、飯寿司)は自家のみで消費し、他人へのお裾分けは止めましょう。
  4. イズシ(いずし、飯寿司)を食べて体の異常を感じたら、一刻も早く医師にかかりましょう。
(2000年5月)
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