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貝原益軒の「養生訓」がはじまり

そもそも、「食い合わせ」とか「食べ合わせ」とかいう言葉は、江戸時代の貝原益軒の「養生訓」にもあるとおり、食物の中には同食すると良くないものがあるという教訓からきています。それらの中には、先人の知恵や経験が生かされているものがあります。しかし、今日の栄養学や食品学の知識に照らしてみると、必ずしも悪い面ばかりでなく、かえって良い面が明らかになったものもあります。つまり、食い合わせによってプラスになる効果と、マイナスになる効果とがあるわけです。

焼き魚に大根おろし

そこで、まず身近な食べ物として、「焼き魚に大根おろし」の食い合わせを取り上げてみましょう。焼いたサンマに大根おろしを添えて食べるのは、日本人ならごく当たり前の食習慣ですが、実はとても理にかなったことなのです。大根には、ジアスターゼ(でんぷん消化酵素)、ペルオキシダーゼ(酸化酵素)、ヒドラトペクチン・リグニン(いずれも食物繊維)、ビタミンCなどの栄養成分のほか,辛み成分のイソチオシアネートが含まれております。サンマの様な脂っこい魚を食べると、油分が胃の粘膜を一時的に覆うため、消化が滞り、胃もたれしやすいが、こんなとき大根おろし中のジアスターゼが米でんぷんの消化を促し、またイソチオシアネートが食欲を刺激するので食が進みます。

秋のサンマには脂肪分がたっぷり含まれていますが、実はこの脂肪に問題があります。一般に、魚油には高度不飽和脂肪酸といって、栄養学的には人体に欠かせない脂肪酸が多く含まれています。EPA(IPA)やDHAなどです。これらの脂肪酸は、心筋梗塞を予防したり、脳神経細胞を活性化してボケを予防する働きがあります。健康に良い反面、欠点もあります。空気中の酸素によって非常に酸化されやすく、過酸化脂質というものに変わりやすいのです。

過酸化脂質は生体内でも生成されて、活性酸素を産みます。活性酸素は、遺伝子DNAを破壊してがんの発生を招くといわれています。この過酸化脂質への変性を抑えるためには、ビタミンの摂取が有効です。とくに、カロテン、E、Cなどの抗酸化性ビタミンです。これらのうち、ビタミンCは大根に含まれており、カロテンは人参に、Eは魚自体にも含まれています。

次に、発がん性物質についてみてみましょう。魚を焼いた焦げ目の中に、発がん性物質トリプP-1が含まれています。だからといって、焼き魚を食べてがんになるというものではありません。ここでも、大根おろしの効用が発揮されます。大根に含まれる食物繊維が発がん性物質を吸着して排除し、腸管からの吸収を阻止してくれます。また、大根おろし中のペルオキシダーゼが無毒化することも分かっています。

発がん性物質として、最近世間を騒がせたものにニトロソアミンがあります。この物質は、なまニシンに保存料の亜硝酸ナトリウムを添加して魚粉を製造する際に生成して、それを飼料として与えた動物にがんが発生することから発見された歴史があります。ニトロソアミンの生成には、二つの物質が関与しています。魚に含まれているジメチルアミン(魚臭い匂いの成分)と、添加物の亜硝酸ナトリウムがある条件で反応して生成するのです。実際に、動物にこの両者を与えると、胃の中の酸性条件でニトロソアミンができることが確かめられています。

さて、ここでもまた焼き魚と大根おろしの食い合わせが問題となります。といいますのは、これらの食品成分中にニトロソアミンの生成原料が含まれているからです。魚介類には、ジメチルアミンがごく普通に含まれています。大根はというと、ほかの野菜と同様に、窒素養分を硝酸の形で吸収しているので、当然硝酸塩を含んでいます。この硝酸塩は、土壌中の微生物、あるいは人の口腔や腸管にいる細菌によって亜硝酸塩に変えられるのです。つまり、焼き魚と大根おろしを同時に食べることによって、ニトロソアミンが生体内で生成されるのではないかということです。しかし、幸いなことに、この問題はあまり心配しなくても良いのです。大根おろしに含まれるビタミンCが、ニトロソアミンの生成を抑制することが分かっているからです。

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「うなぎと梅干」

次に、昔から食い合わせが良くないと言われているものに、「うなぎと梅干」があります。うなぎには、タンパク質と脂肪が豊富に含まれていてカロリーが高く、またビタミンAやB1が多い栄養食品です。一方、梅干は酢、クエン酸などを含み、食欲増進、疲労回復効果があります。この両者の食い合わせは、とくに体に悪いというものではありません。しかし、先人の教訓として、このような食い合わせでは食欲が出すぎて食べ過ぎに注意せよ、というのかもしれません。うなぎを毎日食べる人はあまり居ないと思いますが、ビタミンAには、とりすぎると過剰症という厄介な副作用があります。

「ご飯に納豆」

それでは、現代の食生活のうちから、食い合わせの是非を栄養学の立場から考えてみましょう。
その一つは、「ご飯に納豆」です。この食い合わせは相性が良く、また栄養的にも優れています。白米でんぷんの炭水化物、納豆の大豆タンパク質と脂肪の三大栄養素がそろっています。白米中にもタンパク質が含まれていますが、その欠点はリジンという必須アミノ酸が少ないことです。だが、大豆のタンパク質にはこのアミノ酸が多いので、いっしょにとることでこの欠点を補ってくれます。

納豆には、白米には少ないカルシウム、マグネシウム、鉄などのミネラルやビタミンB2,K, 食物繊維なども多く含まれています。また、納豆のネバネバは納豆菌の繁殖によるもので、グルタミン酸による旨みのあるほか、菌の出す消化酵素が消化を助けます。

白米のでんぷんは生体内でブドウ糖に変わり、脳の栄養源となります。ところで、大豆にはレシチンという物質が豊富に含まれており、この物質は脳内でアセチルコリンという神経関連物質に変わります。脳機能を健全に保つためには、栄養素と共にレシチンの摂取が欠かせません。そういう意味でも、この食い合わせは子供(頭を良くする)から老人(ボケを予防する)までプラス効果があります。
ただし、ここで注意しなくてはならないことが一つあります。それは、血栓症を治療するために抗血栓薬(例えばワーファリン)を飲んでいる人にとって、ビタミンKの多い納豆はマイナス効果があるからです。

「どじょうとごぼう」

「どじょうとごぼう」も相性の良い食い合わせです。どじょうは淡水魚で、農村における冬場のタンパク源として珍重されてきました。丸ごと食べられ、カルシウム、鉄、リン、B2などが豊富に含まれています。その唯一の欠点は泥臭み。食べ方として柳川鍋は有名で、その中には必ずごぼうのささがきが入っています。ごぼうの泥臭みを消す効果は抜群です。ごぼうには、イヌリンというオリゴ糖、ポリフェノール、グルタミン酸などの旨み成分も含まれていますが、これらは主に皮の部分にあるので、洗う際にはたわしでこする程度にして、皮をむかずにそのままささがきにします。ごぼうには、リグニンなどの食物繊維も豊富です。

「小豆とかぼちゃ」

昔から、「冬至に小豆とかぼちゃの煮込みを食べると風邪を引かない」と言われてきました。かぼちゃは秋から冬にかけて貯蔵のきく野菜です。冬至のころは、今で言うインフルエンザの流行期を控えているので、まことに当を得た食い合わせといえます。
かぼちゃは、炭水化物、とくにでんぷん質と食物繊維に富んだ緑黄色野菜ですが、その栄養的利点としてカロテン類が豊富なことです。主にβ-カロテンですが、ルテインも含まれています。そのほか、ビタミンCやEも含まれています。これら抗酸化ビタミンは、カロテンとともに、活性酸素から体を保護すると同時に免疫力を高める働きもあります。β-カロテンは、体内でビタミンAとなってのどの粘膜を保護するので、ウイルスや細菌に感染し難くなります。

小豆には、炭水化物、タンパク質、食物繊維などのほか、ビタミンB1、B2、カリウム、カルシウム、鉄などが豊富に含まれています。ビタミンB1は炭水化物の代謝に必要で、夏場にたまった疲労の回復に役立ちます。また、利尿作用や血中コレステロール低下作用のあるサポニンも含まれているので、高血圧の予防にもなります。その赤い色は、抗酸化作用のあるアントシアニンというポリフェノールです。

さて、小豆とかぼちゃの組み合わせの特徴は、なんと言っても小豆のつぶしあんによるぜんざい風の料理法ではないでしょうか。風邪に対するカロテンの効果といえば、人参のほうが量的にもはるかに多いのですが、その料理法は限られており、しかも小さな子供には嫌われる野菜の一つです。子供から大人まで気楽におやつのように食べられ、しかも風邪の予防にも良いとは、ここにも先人の生活の知恵が生かされています。

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