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14.王惟一(おういいつ)—針灸術の発展に多大な貢献

王惟一
王惟一(おういいつ)  987?~1067

針灸用の銅人模型を初めて鋳造

王惟一。宋の医学家。また名を惟徳といい、祖籍及び生卒年は不詳です。
王惟一は禁方を授けられ、特に針灸に優れていました。針灸の方は長く伝授される間に誤謬が多くなり、早急な整理が待たれていました。天聖元年(1023年)、医官院に勤務していた王惟一は朝廷の命を受け、当時広く用いられていた「明堂孔穴」を校訂し、三年を費やして「図経」を編纂しました。また、文字による記録よりも模型の方が直観的に理解しやすいことを指摘し、天聖5年(1027年)再び命を受けて、規範とすべき針灸兪穴銅人模型二体を鋳造しました。朝廷は一体を医官院に残し、もう一体を大相国寺仁済殿に納め、人々が見たり触ったりできるようになりました。

銅人の模型は人間と同寸大で、前半分と後ろ半分に分かれます。中に五臓六腑があり、体表に経穴が刻されています。経穴(ツボ)には錐で小さな穴があけられ、そばに穴名が記されています。外側に蝋を塗って中に水をため、穴位を正確に刺すと、針が入って水が出てくる仕掛けでした。刺し方が悪いと針は入りません。この方法で針の打ち方の基本を練習し、また針灸医の試験にも用いられたのです。

王惟一の著わした「銅人兪穴針灸図経」は、手足三陰三陽十二経の循行と経穴の位置、針の深さ、おもな治病の症例などを詳しく説いた重要な針灸専門書で、経穴数は354に定められ、今日私たちが用いているツボと同じです。初め高さ六尺、幅二丈の石碑に刻され、銅人と一緒に陳列されました。

王惟一が銅人を造って以後、数多くの銅人が造られ、針灸術の発展に多大な貢献をしました。

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