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12.王冰(おうひょう)—「黄帝内経」を整理

王冰
王冰(おうひょう)  710?~804?

「研鑽に励み、細かな点まで丹念に検討した」

王冰は、自ら啓玄子と号した唐代の医学者で、祖籍は不詳、唐の景雲年間から貞元年間にかけて生きた人。唐の粛宗の宝応元年に太僕令に任ぜられたことがあり、後世、王太僕と呼ばれている。

青年の時に養生の道に志し、医学研究に着手して、「黄帝内経」(*)特に「素問」を深く研究した。「研鑽に励み、細かな点まで丹念に検討した」結果、簡潔な文章ながら意味深長で奥深い医学哲理を含んだ、医学を志す者の必読書であると知った。

当時伝わっていた「素問」の版本には誤りも多く、九巻のうち第七巻が亡佚していたうえ、他の巻も篇目の重複や前後の混乱がある状態だったので、王冰はたいへん残念がり、12年の歳月を費やして整理した。のちに先生の郭子斎堂で「張公秘本」を得た。明瞭な筆跡で、内容も筋が通っていたので、これにしたがって補遺訂正し、あらためて編纂し直して、合わせて81篇、24巻とした。さらに人々によりよく内容を理解してもらうために、詳細な注釈をほどこした。

王冰が補った第七巻の「運気」七篇の大論に関しては、「素問」の原文かどうか疑問を抱く人が多い。この巻が失われて六百年あまりもたっており、王冰に復元できるはずはない、長文で前後の篇と釣り合わない、他の各篇と関連がない事柄を記載している、などの点から、「陰陽大論」の抜粋であろうと考える人もいる。

唐以前の「素問」の注釈には、全元起の「素問訓解」、楊上善の「太素」、王冰の注の三つしかなく、そのうち全氏の「訓解」は宋以後に亡佚し、楊氏の「太素」も一部を欠いている。王冰の注本だけが完全なかたちで現在まで伝わり、医学者の「素問」研究の主要参考資料の一つとなっている。

*「黄帝内経」は「神農本草経」とともに古代12聖人の名を冠した医学書。これに「傷寒論」を加えて「三大医学典籍」という。「黄帝内経」は古代自然哲学・医学を述べた「素問」と、ハリ治療を説いた「霊枢」からなる。外科学の「黄帝外経」もあったらしい。

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