44.熊の胃(熊胆) 92.ちょたん(猪膽・猪胆汁)豚脂—良薬口に苦し—

華岡青洲も処方

胆汁が詰まった動物の胆嚢は、苦くて食品にならないから古来クスリとして利用されてきました。今回は日常食べている豚を例にその胆嚢や脂肪、関連して熊の胆嚢を紹介します。

胆嚢の生薬名は熊胆(ゆうたん)、一般には熊の胃(くまのい)と呼ばれます。『身近な漢方薬材事典』という本から引用します。
「わたしが訪ねた阿寒湖畔から数キロの小さいコタンでは、長い髭を生やした古老が、熱っぽく熊の効用を語ってくれた。頭が痛いと熊の脳味噌を食べ、扁桃腺が腫れたときは熊の脂を溶かして喉に塗る。あかぎれや火傷にもその脂が効く。難産とわかれば小腸の干したものをのませ、胃が痛いと胆汁をすすらせる。その毛皮で寒さをしのぎ、精のつく肉を賞味したことはいうまでもない。」

このように、その時代その地域その民族に身近な獲物(植物なら野草や収穫物)の、食べるに相応しい部分は食品に、食べるには味が濃すぎたり不味かったり堅すぎたりする部分はクスリとして、天の恵みとしてありがたく利用したのが人類の歴史です。特に味の苦いものはクスリとしてたくさん利用されました。「良薬口に苦し」の所以です。

例えばリンドウの根はとても苦いので、空想上の動物である竜の胆嚢に擬せられ竜胆と呼ばれます。竜胆は熊胆より苦いぞと、入手の難しい熊胆の代用として利用されました。現在では真物の熊胆は高価すぎて、牛や豚の胆汁にこのリンドウや黄連など苦味の植物性の生薬を混ぜて、熊の胆嚢に充填して成形したものがほとんどだそうです。

さてその豚ですが、中国で猪(イノシシ)を家畜化したのが五千年前といいます。ちょうどアイヌの人たちが熊を捨てるところなく利用したように、豚(猪)も食べられる処以外はクスリとしてとことん利用されました。なかでも有名なのが猪胆や豚脂です。伝染病の熱性の下痢が止まらず危篤状態になった患者に、植物性の生薬を煎じたものに人尿とこの猪胆汁を合わせて飲ませる、という記載が古医書にあります。古人が伝染病の脅威から必死に逃れようとしていた姿を想像してください。

豚脂つまりラードも前述の熊脂のように使われてきました。華岡青洲の創方という紫雲膏の基材がこのラードでした。臭いや保存性の問題で、現在皆さんにお渡しする紫雲膏の基材はワセリンです。