123.マトン(羊肉)—羊肉を当帰と生姜の二つの生薬の香りで煮込んだ当帰生姜羊肉湯—

モンゴルでは胃痛の薬

30年前の北海道の滝川牧場。入り口で七輪とジンギスカン鍋を借り、炭とマトンを買い、持参したのはタマネギやピーマン、モヤシ。美しい広々とした緑の丘陵をどこまでも進んで、好きな所に陣取ります。鍋を囲んでワーワーやっていると、ごく近くを羊の群れがメーメーいいながら通り過ぎます。牧童が導いているという感じはしなかったし、シェパードが列を乱す羊を追い立てていたということもなかったようですけど。

私どもはてっきりその羊の肉を食べていると思って「残酷だー」から、「新鮮だ!!」までいろいろもりあがりましたが、後日、あれは羊毛の為の飼育であって、北海道名物ジンギスカンの肉はすべてニュージーランドからの輸入であると聞かされて、拍子抜けした思い出があります。

3年前の夏、中国の北方、内モンゴル自治区近くの砂漠。甘草という漢方薬の自生地を見学したときの羊も思い出します。ぐるり360°地平線がはるかに見渡せる平原というものに初めて立つ経験をしましたが、羊の群れを追っているのは、これは牧童か牧翁かもしれないが、いかにも世界の秘境的な絵になる映像でした。

近づいても平気な羊たちが食べているのは甘草の葉。これくらい食われてもその糞の方が甘草にはありがたいわけで、根はよく伸び、掘り起こされて私共の漢方薬に利用されます。この地方の羊肉は胃が痛いときの薬だと聞いて、鎮痛作用のつよい甘草の葉を食べていると肉にもそんな薬効があるのかとビックリしました。

「美」の字は、「羊」の下に「大」、つまり「まるまると肥えた羊」という意味。だから「美」とは「旨そうだ」「美味しそうだ」の方が字の本来の意味です。ビューティフルはそれから派生した意味です。

漢方薬としては当帰生姜羊肉湯という、羊肉を当帰と生姜の二つの生薬の香りで煮込んだ名前そのまんまの薬が有名です。
お腹が冷えきって痛みがつよいときこのスープを飲め、出産後の婦人が、腹痛をおこして体力が弱っているときにも飲むようにと指示があります。おくすりか食品か区別できない薬膳スープです。